Misako Sato

こころの声を聴く案内人・心理カウンセラー
「生きにくさ」のカウンセリング
孤独、孤立、むなしさもあなたの一部
自分とツナガルワークショップ開催
宮城・仙台市青葉区カウンセリングルームけやき館代表 難病と共存中

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「生きにくさ」と言うか「個性」と言うか どちらにしますか?

人間が成熟して統合され まん丸くなると思うでしょ・・・人のこころはサーカーボールのようなものでいろいろな面があってまん丸ではないちなみにサッカーボールは、そもそも五角形と六角形の組み合わせで出来ている今はデザインは様々ですけど…自分にはいろいろな部分があっていろいろな部分が影響し合って成り立っている満足している部分そうではない部分大人だなぁ…幼いなぁ…意外だなぁ…ここはダメなんじゃない?ここはすごーーーいそんなこんなが せめぎ合ったっり、協力したりしているこんな自分を抱えられるこれが自分なんだなぁ…になるもう少し、良くしても良いなぁ…サッカーボールのように今は五角の部分が出てる 昨日はこっちの六角元気な私が出てる 慎重派の私が出てる いろいろな面の集まりで…たまにとても大きなパーツがあってよく目にするなぁ…と言う部分がイワユル 生き癖大きいから良く目につくその部分の役目は何だろう人に気を使い過ぎる我慢し過ぎる相手を察し過ぎる熱くなり過ぎる頑張り過ぎる大きいから沢山エネルギーを使う元々ある才能ですそのボールの個性的な模様ちょっと人より大きいから 目立ってしまう人と違うから生きにくいと感じることもある持っている部分はみんな違う人と比べて人に合わせて人と同じようにすると生きにくい他の人よりこの部分に才能があるひとより大きいこれは個性自分を抱えられる自分は自分でいい人の成熟はこういうことではないかと思う

「設定した」ことしか起こらないというのは事実かって考えてみた?

前にこうなるって「設定」したからこうなるのは仕方ないよね・・・自分のことは自分で決めたという新しい考え方なのか・・・自分が間違えて決めたから今が悪いんだって自分を説得してるのかな・・・間違いの検証はしないんだね・・・「設定」というマジック人は毎日迷うじゃないかランチはどうしよう とか傘をもっていくかやめるか とか今日こそコクるか 明日にするか とかあっちの店にするか こっちにするか とかコーヒーにするか、ハーブティにするか とか挙げていったら切りがないポジティブなことを考えたりネガティブだったり人はいつも迷ってる迷っているのが人迷って迷って迷った挙句に出した結論で生きていく迷った挙句に勢いで生きていく流れに乗ってもいいこれをやるんだとおもったらそれしか見えない時もあるだけど・・・良いことが起こったら良い「設定」をしたと思う悪いことが起こったら悪い「設定」をしたと思う理由は?良かったところは?間違えたところは?次はどうするの?は要らないんだねプロセスの中にいて迷って流されてたまに止まって後ろを向いてまたプロセスに乗るそういうのが生きるってことだと思う終着点を見て一足飛びに行けるワケはないと思うよたましいの生き方をしたくて自分の中にたましいを見つけようとする自分がたましいそのものではないと知っている人はたましいになることはないそれでも自分のエッセンスを探して自分らしくなりたくて迷って 探して生きていく昔 良からぬ「設定」をしたから今うまくいかない 「設定」の仕方が違う 本気度が低いから「設定」が甘い 「設定」しないからダメだ今、ここ に居ない人の言い分一体 何時の人生を生きて要るのだろう・・・一体 誰が良しとした「設定」何だろう・・・一体 誰の人生なのだ?言葉に騙されてはいけないよ・・・ここで生きているのは誰なんだろう・・・ちょっと 散らかってしまった・・・

感性磨きをサボると仕事の質が落ちる!ということで・・・

自分のためにオルゴナイトを作っていたエネルギーと言われるモノの動きを見えるようにしたらどうなるのか・・・個人的な興味から始まり、出来た作品をSNSにUPしてみたすると・・・欲しい!という方が意外に多く出現したため、せっせと作っている「サトー、作家へ転向説」まで一部で流れているらしいこの作品作りは自分の感性を自分で見ることができる自分の感性、五感、想像力はどうかな?出来たら観察 そして、フォーカシング感覚をチェックするうむ!なのかナニカ違う・・・なのか作品であって、商品ではないということでこれまでのところワガママに作っているカウンセラーという職業は自分の感性に責任があると私は思っている感性は放置すれば錆びるし、曲がる新しい情報にUPデートしないと古びていく後生大事にしすぎると固まってしまう変化を認めて、磨くのも仕事で・・・欲しいといので差し上げていた「また、個性的な・・・。」「うん。これその時の感覚だから、生き物なんだよね」「自分の「気」が入ってんじゃないの~~~」「入れられるようなモノは持ち合わせてない!し、できるワケがない(笑)」のような怪しい会話の贈呈式が行われるみなさん ナニカ感じるらしいですね・・・

傾聴しなくちゃ・・・を止めましょう

人の話を聴く心理療法が「傾聴」最近はこんな風active listening・アクティブリスニングカウンセリングにおけるコミュニケーション技法のひとつ アメリカの心理学者カール・ロジャースが提唱した相手の言葉をすすんで“傾聴”する姿勢や態度、聴き方の技術震災以降から話を聴く大切さが言われる人は自分の内面を言葉にしてやっと解放されることがある言葉にできなくても側にぬくもりがある人がいるだけでこころが解れる人のこころのしこりを取るのはやはり、人の暖かさなんだろう・・・ということでさて!傾聴しよう 本を読もう セミナーに行こう勇んで聴こう!としても概ね 出来ない!何故聴けないんだろう・・・聴かなくちゃ!と思っているウチは多分、聴けないでしょう・・・聴かなくちゃ・・・は聴けてない という気持ちが前提にありにもかかわらず聴けてない自分を認めてない聴こうという気持ちが先走って自分が不在になっているんですさっきの カール・ロジャース先生が言うカウンセラーの3条件受容 共感 自己一致の自己一致していない 状態自分の状態を見ないことにしているということ傾聴している人は聖人君子になる必要はなく自分は話を聴いていてその間に起こってくる自分の感情や浮かんできていることは認めて良いコントロールできていれば良いのであって感情自体を押し殺すことはない聴かなくちゃ!は自分は我慢して、感情を無き者にしマザーテレサの如く 慈悲にあふれ超能力者のように相手を察しシャーロック・ホームズのように問題を解決する出来るワケないと思いますよ・・・少なくても私はこういうカンセラーに会ったことはありませんカウンセラーは完璧ではなく驚くし、泣きたくなるし、笑いますうまくいかないことだってあるでも、そういう人間らしいカウンセラーが自分の話を受け止めようと聴いてくれてああでもない・・・こうでもない・・・こうかもしれないそんな風に一緒にいてくれたらこころは軽くなるのでは・・・聴かなくてはいけないではなく聴いてみよう とか単純に 聴こう側に居よう まず、自分でいてみたらいいんです