自分のなかにある自分でないもの 2


自分のなかに自分でないものがありそうな気がする


多くの方はそう思っているのは確かだと思う

カウンセリングやワークショップなど

こころのケアの場では


私らしくない・・・

私の人生を生きていない

私がわからない


そのようにお話しする方は多い

もし、自分にこういう思いがあったとしても

珍しいことでもない 

と考えてください


人のこころには三つの部分がある

TA(交流分析)ではそう考えている


過去に周囲の大人から無条件に取り入れたこと

今、ここの情報を集めて最善の策は何かと考える部分

10歳位の自分の感情が残っている部分


この3つ 図にするとこうなるが・・・

こころにはエネルギーがある

自分が得意な部分はエネルギー値はが強い

自分がよく使っているこころの状態には力がある


P=過去に周囲の大人から無条件に取り入れたこと

とは

人間の赤ん坊はとても未熟な状態で生まれてくる

直ぐ歩けもしなければ、抱きつくことすらおぼつかない

大人のお世話がなければ生きていくことができない


毎日声をかけてもらうことで赤ん坊は言葉を覚えるし

この人がお母さんらしい、こっちはおとうさんらしい

泣けばお腹いっぱいにしてもらえるらしい

大人とはこういうものらしい

と覚えていく


繰り返し、繰り返し

いろいろなことを覚え、修正し

こうするとうまくいくのだな・・・

とサバイバルする


で・・・


周りの大人のやりかたをどんどん取り込み

世界こうなんだ!!! 世界観が決まっていく

子供はこうやって生き方をきめていくしかない

大人になっても無条件に記録媒体がUPロードされ

p=取り込み が強く働くと

こころの状態の力関係はこんな感じになる

思考がうまく働かない

感情がうまく出せない

不自由な私 である


取り込んだモノが自分の生き方に影響し過ぎている

これでは自分が不自由であろう・・・


自分のなかにある自分でないもの

自分が生き抜くために選んだ手段かもしれないし

圧倒的に情報が足りない子供時代の思い込みかもしれない

地域に昔からあった風習や家族の伝統かもしれない

大きく考えると日本の文化や言葉も影響がある

P のこころの部分にはそんなことが一杯詰まっている


ここで A の今ここを考える部分に登場してもらおう

考える、思考する私をまずイメージする

思考する、考えるの私になりきる

取り込みや感情はいったん脇へ・・・


いっぱいいっぱい 詰まっているモノ全部は

本当に役に立っているのか?

今、必要なのか?

自分の年齢に相応なのか?、

を考えてみよう


概ね子供の頃の録音・録画のままになっているものがある

そうしなければならない理由は何か?

そうしないと本当にダメなのか?

意外とそうしなくても大丈夫なこともある


A =今ここの自分にエネルギーを戻していく作業

一端 距離をもって考える

いい塩梅の力関係ができると思う