自分のなかにある自分ではないもの 3


何かで失敗した時

自分に対してどんな言葉が浮かんで来るだろう

「ドンマイ!」

「ま 何とかなるさ!」

「次がある!」

なのか

「ダメじゃないか!」

「何やっても、うまくいかないんだよ…。」

「ほーら、見たことか…。」

なのかでは大きな違いがある


自分が自分に言っているハズではあるが

よくよく注意して聴いてみると

この言葉のオリジナルの声が聴こえてくることがある


誰かが自分に言った言葉を取り込んで

自分が自分にかけるようになり

繰り返している間に

遂に自分のものにしてしまって

自分が自分に言うようになっていることがある


だから自分に否定的な言葉は

注意深くその「声」を聴いてみる必要がある


それは本当に自分が自分に言いたいことなのか?



もともと人間には

自分を万能だと信じる時期がある

幼児的万能感

自分は何でもできる 自分が大人を支配している

困ったら誰かが何とかしてくれる

と信じている時期がある


結局それは幻想であって自分は万能でもはなく

自分で何とかしなくてはならないとわかる

こんな過程から、程よい自己受容ができ社会に適応していく


概ねこの時期は 大人は子供を手こずる

それでは生きていけないと子供に躾を施す


この時期だけではないのだが

大人は子供に手こずるようになっている

子供は大人の意図に関わらずいろいろなことに興味を持ち

大人を頼り、自分のできないことをして欲しいと願っている


大人には大人の都合もあり全部をえられるワケでもない

大人が不都合な時に子供の願いは聞き入れられない


母:とんかつを揚げている

子:お母さんと話がしたくて抱きつく

母:「ダメじゃない!こっちに来ないで!」

子:「・・・。」《ボクはダメなんだ・・・》


こんな場面は日常によくある

大人には悪意はない むしろ子供を思ってのことだ

子供がどう受け取るかは

子供の個性だから予測はつかないが

ネガティブに受け取った場合

この一言が子供の生き方の決定打になることもある


「ダメじゃないか。」


大人の言い分は子供がダメということではなく

その行為がダメと言いたいのだが

子供はこの言葉と雰囲気を取り込み

何度も自分に言うようになる

結果的にこれが人生の確信に化けたりする

「自分はダメである。」

自分ではない誰かの言葉が

自分の確信になって生きていくのである


ここで言いたいのは

だから親を怨め、親のせいにしろ、親を責めろ

ということではない

親も親にとって最善の策を講じている事実もある

それが子供にとって悪意でしかないとしても・・・である

もし、親が土下座したらこころの底から気が済むのか

この先の人生が好転して何もかも解決するのか

本気で自分に問うてみる必要もある


確かにこころは軽くなるかもしれない

その後にどうするかは また別な問題

この話題はまた別な機会でお伝えしたいと思う



「ダメじゃないか。」


これは自分の言葉なのか違うのか

音源を辿ってみて

もし、オリジナルの声が聴こえたら

これは自分のものではない 

と自分に勇気を持って言い続けた方がいい


そしてもし、オリジナルの場面を思い出したとしたら

今の自分の目で冷静に見てみる そうすると気がつくと思う

その場面の大人は理不尽で尊大で威圧的で我儘である

小さい自分は間違えてない 

むしろ、そういう大人のこころの面倒をみていたりする

小さくて力もないのだから仕方なかっただけである


自分はダメでもない


取り込んだものなのだから

書き直すこともできるだろう

自分の生き方は自分で決めてきた

そして

今も決め続けている

だから、決め続けて書き直していく

そういう考えも取り込んみたらいい