身体の記憶 体感覚


身体にも記憶がある
最近の心理学の考え方のひとつ

言葉の表現には限界があり
言葉を発した途端
アタマは言葉の概念に縛られる

自分を言い表そうとして
自分から遠退いてしまう

こころはもやもやとするだろう


すずらん水仙
西洋の白い花

私はこの水仙に
妙な感覚を持っている

懐かしいに似ているが
その言葉では言い表しきれない
ナニカ微妙な感じ

幼い頃に住んでいた家の庭には
黄色い日本水仙が植えてあり
毎年同じ場所で咲いていた

どこかの家で咲いていた
あの白い水仙があったらいいな
幼い自分の願いを思い出す

今のようにホームセンターが
あちこちにあるワケでもなく
親に気を使い言い出せもせず
我慢していた「あの感じ」を
身体が覚えている

今住んでいる家の庭に
山ほどすずらん水仙を植えたのは
こんな理由があるんだろう

「あの感じ」は「あの感じ」で
他に表現できないけれど
身体に甦る感覚はいつも同じ
身体の記憶


アタマには体験のデータ
こころには感情
身体にも記憶がある

こころの声を聴くように
身体の声を聴く

世界が豊かに変わる
自分の世界が
広がるのがわかるだろう

自分が決めているより
自分の世界は広い