「怒り」って悪いのか?


「怒り」と聞くと何を連想するのか

大きなネガティブ感情 

そういう風に捉えている人が多いのではないかと…




では、怒りがなかったらどうなるのか

不当な事を強要されたり、力で制圧されそうになっても

抗うことが難しい状態になる


怒りとは自分を守るために人にある感情

と意味を変えた方がよいのでは?


まず、アタマの理解から修正を加えよう


感情は、もともと生き残るために必要だからある

人が複雑になっているから

本来の機能が果たせていない


まず、そういう自分を責めたり

機能不全と思ってはいけない

そうやって 生きてきた歴史があるではないか



ルーツは何だろう?


あなたに「怒りはいけない感情」と教えたのは誰か?


言葉で教えた人もいるだろう

その場合特定しやすい

あの一言さえなかったら

私は怒ることに躊躇しない

と分かる


教える とは 言葉と限らない

自分が怒りを感じて表現すると

誰かが不機嫌になった 嫌味を言われた

これはマズイと感じてて止めた

あるいは

怒りを爆発させている誰かを見て

アレハイケナイ と思った

ということも「教える」ということになる


子供は基本的に嘘をつく

感情については周りの大人の反応を窺って

ニセモノの感情を表したりするが

生きていくための最善の感情を採用したに過ぎない

子供なりの智慧である


自分のことを思い出してみればわかるだろう

本当の感情を表すことが自分にとって良くないなら

別な感情のフリをする

あるいは 感情が起こっているのを隠して

周囲に順応していく

「本当は・・・・・・だった」のような話しは

記憶を探せば出てくるだろう

綺麗ごとにはならない「こころの真実」は

無意識の「抑圧」か意識的な「我慢」になる


感情も行動も幼い頃に周囲にいた大人に意味付けられる

怒りを正しい感情として認められた

ネガティブな感情として扱われた

これでは全く違う結果になる


そうか…アイツが悪いのか

と思うかもしれない

でも、いい加減アイツを責めたら止めた方が良い

アイツに怒りがあると感じたら 

むしろ、怒りがあったじゃないか!

という感情の発掘である


あなたは怒ることができている

しかし、いつまでも後ろ向きに

過去に向かって怒っているのだ

と気がついておこう


怒りが起こるには意味がある


怒りが出せない

怒りを感じない

怒る場面で笑ってしまう

アタマが真っ白になる


これはおかしい…と思っていたら

あなたのこころが気づき始めている


感情に悪いものはない

勇気を持って向き合う時がきたのかもしれない

そんな声が聴こえてはこないだろうか…



怒り(いかり、英: anger)とは、人間の原初的な感情のひとつで、様々な要因・理由で起きるもの。例えば目的を達成できない時、身体を傷つけられた時、侮辱された時などに起きるものである。

憤り(いきどおり)とも言う。用言、動詞的な表現としては「腹を立てる」「立腹」「カッとなる」「頭に来る」とも。

(Wikipedia)