「設定した」ことしか起こらないというのは事実かって考えてみた?


前にこうなるって「設定」したから

こうなるのは仕方ないよね・・・


自分のことは自分で決めたという

新しい考え方なのか・・・


自分が間違えて決めたから

今が悪いんだって

自分を説得してるのかな・・・

間違いの検証はしないんだね・・・


「設定」というマジック


人は毎日迷うじゃないか


ランチはどうしよう とか

傘をもっていくかやめるか とか

今日こそコクるか 明日にするか とか

あっちの店にするか こっちにするか とか

コーヒーにするか、ハーブティにするか とか


挙げていったら切りがない


ポジティブなことを考えたり

ネガティブだったり


人はいつも迷ってる

迷っているのが人


迷って迷って

迷った挙句に出した結論で生きていく

迷った挙句に勢いで生きていく

流れに乗ってもいい


これをやるんだとおもったら

それしか見えない時もある


だけど・・・


良いことが起こったら

良い「設定」をしたと思う

悪いことが起こったら

悪い「設定」をしたと思う

理由は?

良かったところは?

間違えたところは?

次はどうするの?

は要らないんだね



プロセスの中にいて

迷って流されて

たまに止まって

後ろを向いて

またプロセスに乗る

そういうのが生きるってことだと思う


終着点を見て

一足飛びに行けるワケはないと思うよ


たましいの生き方をしたくて

自分の中にたましいを見つけようとする

自分がたましいそのものではないと知っている

人はたましいになることはない


それでも

自分のエッセンスを探して

自分らしくなりたくて

迷って 探して生きていく


昔 良からぬ「設定」をしたから今うまくいかない 

「設定」の仕方が違う 

本気度が低いから「設定」が甘い 

「設定」しないからダメだ

今、ここ に居ない人の言い分


一体 何時の人生を生きて要るのだろう・・・

一体 誰が良しとした「設定」何だろう・・・

一体 誰の人生なのだ?


言葉に騙されてはいけないよ・・・

ここで生きているのは誰なんだろう・・・


ちょっと 散らかってしまった・・・